過日、京都市内の中心部に位置する、真宗佛光派本山の門前辺りを歩いた。
佛光寺伽藍の南側、高辻通に面して、大きな伝道掲示板が設えられてある。
この掲示板には「佛光寺8行標語」と称して、8行の言葉が毎月更新されて掲示される。
私はこれを見るのを、とても楽しみにしている。
モンテーニュの『エセー』の如く、
あるいはゲーテの『格言集』のように明快な言葉が、
そこには散りばめられているのだ。
この日に書かれていた言葉は………、
となりの
芝生を
青いと
見るか
枯れたと
見るか
うらやんだり
さげすんだり
とあった。
これを読んでいて、ふと、思い当たることがある。
以前、「ちょっとできるからと、いい気になるな」となじられたことがあった。
別に自慢している訳でもなく、当たり前にやっていたことにおいてである。
やっかみとは、是くも浅ましきものかと、腹が立つより落胆した。
妬みややっかみといった貧しい発想に基づく発言というのは、
その言葉尻からすぐに発した者の真意が見えてくる。
そこには相手を貶める思いだけが込められている。
だから余計にその人となりが見えてしまい、反論する気すら失せてしまう。
ある種の、ショック状態に陥るのだろう。
思うに私は歳を喰った分、それなりに理屈っぽくはなっているが、
メンタル的に弱くなったのであろう、
こうした悪口雑言や誹り、罵り、嫉妬の言葉を聞いたりすると思考停止してしまう。
そもそも自身の中にない発想の言葉に対しての、強烈な拒否反応が作用するのだと思う。
我が人生、足らないものだらけである。
羨ましいという思いは、常に頭から離れるものではない。
しかしそうした感情を、なりふり構わず人にぶつけたことはない。
それは品格の問題でもあろう………。
namoamidabutsu17
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