暑さ寒さも彼岸まで……とは、良く言ったものである。
朝夕がとても過ごしやすくなった。
日が暮れるのも早く感ずるようになって来た。
吉田兼好は四季の移ろいの中で、秋が最も趣が深いと言っている。
確かに、私も四季の中で秋が好きである。
ところで法要儀式の時、導師が本尊に対して法要の趣旨を述べるところがある。
これを「表白(ひょうびゃく)」とか「法則(ほっそく)」という。
我々浄土真宗の法要儀式は、天台宗を範とするから、
「表白」も天台宗の在り方に倣って作成するのを本義とすべきと私は考えている。
近時、宗門の僧侶向けに「表白」の文例集がいろいろ出版されいるが、
どれも手本としたいものが皆無である。
そうした思いが増長して、私は表白を常に自作することにしている。
当然、師僧の指南に従い、天台宗のものを手本としているのはいうまでもない。
それは伝統的な構成方法があり、そこから外れないようにして、
かつ、私なりに浄土真宗の法義に矛盾なきように作成している。
過去に作成した「表白」の中で、自身で気に入っている言い回しがある。
彌陀世尊 慈悲護念の春の庭には
超世の本願を建立して
念佛一行を与へて現生正定聚の利益を施し
臨終の秋の窓には卽得往生の妙果を證したまはん
梁塵秘抄に曰く
極樂淨土のめでたさは
一つもあだなることぞなき
吹く風立つ浪鳥も皆
妙なる法とぞ唱ふなる と
之(こ)れ依りて
吉祥隨喜の花を散じて 極樂の聖衆に供へ
如意解脱の香を焚きて 自有の信心に薫ぜん
「梁塵秘抄……」以下の文言は、天台宗の『法則集』に文例があり、
それをそのまま転用している。
また、「春の庭」と「秋の窓」という言い回しも天台宗のものにあり、
内容を浄土真宗の法義に書き改めた。
「春の庭」「秋の窓」という言い回しをして、日本人の季節感が見事に反映されている。
日本的仏教観が天台宗には息づいているのだと思うのだ。
そのように思う時、今時の浄土真宗が奨励している「表白」の文体は、
ことさらに教義の説明ばかりに向いていて、情緒がない。
そして、「表白」の本来的な意味も失われている。
「表白」は何も参詣者に聞かせるものではない。
あくまで仏祖に対して申し上げるものである。
そこが完全に忘却されている。
ややもすれば愚痴になってしまった……。
私がここで言いたいのは、「表白」に述べられる季節感と仏教の関連である。
春にまいた種は秋に結実する。
これから寒い季節へと向かっては行くが、実れる季節が秋である。
暑さも一段落ついて、心落ち着く季節なのかも知れない。
我が苦悩が尽きぬのは、最早いうまでもないが……。
namoamidabutsu17
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コメント
竹光侍2008
言葉たちが美しいので感動しました♪
言葉が美しく、想いが美しく、理論も美しい♪それが理想(^^ゞ
2017/10/02 URL 編集
Rev.Ren'oh
しばらくであります……。証明衝動もまた、1つの原動力でしょうね。やはり昔に作られた《マニュアル》は言葉が素晴らしいですね(^^)
2017/10/03 URL 編集