ようやく春らしくなってきた。
「春眠、暁を覚えず」とはいうけれども、どうも私は慢性的に寝付きが悪い。
「抑鬱性不眠症」と診断されたが故なるか…。
これも我が身をして、付き合わねばならぬことである。
寝付きが悪い分、目覚めると夢の記憶が甦って来る。
それにしても夢とは不思議なものである。
まさしく脳内のバーチャルな空間が現実世界の中で展開される。
中世の人々が夢を通してこの世とあの世(仏の世界)とのツールと考えた所以か。
宗祖親鸞が若き日に、洛中の六角堂に100日間参籠したのは、
ひたすら六角堂の本尊・如意輪観音の夢告(むごう)を待つためであった。
中世の六角堂は、本尊から夢のお告げを頂くという信仰が大流行していて、
多くの人々が日没とともにやって来て、明け方まで堂内で眠りに就いた。
毎晩通い詰めて繰り返すことを、「参籠」というのである。
しかして95日目の未明、白い法衣に白袈裟を着けた僧侶姿の如意輪観音が夢に現れた。
親鸞にとって、自身の一大転機ともいえる宗教体験なのだった。
現代に生きる私には、そんな「夢告」に出会える道理はなさそうだが、
ともすれば夢うつつの状態が楽しかったりする。
今朝に見た夢もまた、母親のものだった。
やはり50代の若かった頃の母親である。
2階へ上がる階段を私は人の気配を感じて、下を見下ろした。
すると母親が「今帰ってきたえ」と言いながら、階段をゆっくり上がって来た。
何故か母親は洋服の上に、略袈裟を首からぶら下げていた。
私は階段を駆け下り「やっと帰って来てくれた」と言って、
まるで幼な子のように抱きついて泣きじゃくっていた。
母親はそんな私に、「はいはいわかった、わかった……」と笑っていた。
そんな遣り取りの中で、いつしか微睡んでいた。
目覚めると「夢だったか……」と、ややもすれば切なくはなるが、
それでも不快な気持ちにはならない。
あるいは略袈裟などかけている母親は、やはりめでたく往生の素懐を遂げたのであろう。
そういえば、間もなく明後日には母親の誕生日が巡って来る。
母親は77歳の誕生日を迎えて、1ヶ月を過ぎた後に逝った。
母親は往生を以て、苦悩に満ち満ちた娑婆から逃れられたのだとつくづく思う。
夢の中での私は、至って素直な子供である。
母親が生きていた頃は、無愛想な息子であったが……。
namoamidabutsu17
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コメント
竹光侍2008
命日が近づくと、平静では居られません💧
ハッキリと分からずモガイてしまいます…
2017/03/28 URL 編集
Rev.Ren'oh
またまたすっかり御無沙汰しております…(汗)。
誰しも慌てふためくのが人情でしょうね。
それの予防線が宗教なのかも知れませんねェ…。
2017/04/25 URL 編集